Momosaka

むかしま話 ~牛の恩返し~

2018年1月に書いた文字たちです。内田篤人選手の現役引退を受け、少しだけ直して投稿しております。

むかしま話 ~牛の恩返し~

2005年、日本には前人未到の10冠制覇が目前に迫りながらも、タイトルから見放されてる鹿島アントラーズというクラブがありました。ある暑い夏の日、鹿島アントラーズのサポーターが、アルビレックス新潟との対戦を観るため、カシマサッカースタジアムに向かって車を運転していると、途中の田圃の中で、試合を観に行きたいのであろう一頭の牛が道に迷っているいました。「ああ、可愛そうに」そう思ったサポーターは牛を車に乗せ、牛と一緒にスタジアムに向かって走り出しました。無事、スタジアムに到着し、サポーターは牛に別れを告げます。

そのスタジアムで行われた試合は7-2で鹿島アントラーズが大勝します。小笠原満男の2得点や新井場徹、羽田憲司などがゴールを決め、悲願の10冠制覇に向け、首位をキープする勝ち点3を獲得しました。それから数日が経ったある日、鹿島アントラーズのクラブハウスに、内田篤人が姿を現しました。鹿島アントラーズがオファーを出していた高校生が、鹿島アントラーズでプレーすることを伝えに来たのです。

さて、2006年になったある日の朝、サポーターが宮崎キャンプの見学に行くと、篤人はもうレギュラー組でプレーしていました。小笠原満男から供給されるパワハラパスを正確に止め、次々と良いクロスボールを上げます。守備面でも岩政大樹指導の下、確実な成長を遂げています。そして篤人はJリーグ開幕戦からスターティングメンバーに名を連ね、すぐさまクラブに欠かせない存在になりました。2007年は鹿島アントラーズにとって悲願の10冠制覇に貢献すると、2008年は元日の天皇杯決勝やJリーグでの大分トリニータとの上位決戦で決勝点を決めるなど、篤人は大事な試合でも大きな結果を残しました。また、2008年には日本代表にも選出されたうっちーは、19歳で代表デビューを果たすと、同年は国際Aマッチ14試合に出場しました。

さて、ある日のこと。篤人が体調を良くしたいので、ガムを買ってくださいと頼んで来ました。サポーターがガムを買ってくると、篤人は「これで体調が治まりました」と言いました。「しかし、決して覗かないでください」。

篤人がガムを噛み始め、数ヶ月が経ちました。鹿島アントラーズは川崎フロンターレとの優勝争いを演じています。そして迎えた最終節、鹿島アントラーズは勝ち点3を獲得すれば、他会場の結果に関係なく三連覇が決まります。試合は0-0のまま、時間だけが過ぎていきましたが、66分、篤人のクロスから待望の先制点が生まれました。試合はそのままタイムアップの笛を迎え、鹿島はJリーグ史上初となる三連覇を達成しました。しかし、サポーターは篤人の様子を覗いてしまいました。そして、「ガムで体調が良くなる」という言葉が嘘であることを知ってしまいました。

篤人がサポーターに向かって言いました。「もう隠していても仕方ありませんね。わたしは、あのとき助けられた牛でございます。あなたがスタジアムまで案内し、試合を観せてくれたおかげで、わたしは鹿島アントラーズというクラブに運命を感じ、今日まで頑張ってこれました。けれど、お別れの時が近づいています。わたしにとっても、鹿島にとっても良いオファーが来たら、海外に挑戦させてください」

2010年、ドイツの名門シャルケからオファーが届きました。日本でしかプレーしたことが22歳のサイドバックに1億5000万円という、破格の金額です。篤人は移籍を決断しました。しかし、多くの移籍金を手にした鹿島アントラーズは、篤人がいなくなった後もタイトルを獲り続け、サポーターも幸せに暮らしました。

対して、ドイツの名門クラブに加入したウシダはシャルケでも1年目から定位置を確保します。ノイアーと共にゴールを守り、ラウールやフンテラールの得点をアシストし、ファルファンとチョコレートラインを結成しました。1年目から欧州のチャンピオンズリーグでベスト4進出に貢献し、国内のカップ戦では優勝トロフィーを掲げました。その後もシャルケで結果を残し続けたウシダは2014年、遂にワールドカップの舞台にも立ちました。

めでたし、めでたし。

牛に恩返し

2018年、篤人が鹿島に帰ってくることが発表されました。怪我で何年も試合に出ていなかった選手を獲得したことに不満があるサポーターもいました。しかし、思い出してください。怪我から復活する度にレベルアップしてピッチに帰ってきた2番の姿を。

オズワルド・オリヴェイラが10年後の話をし、鹿島アントラーズを黄金期に導いてから10年が経ちました。「引退試合をするような選手になっているだろう」という言葉が贈られた篤人は、ドイツの名門クラブで退団セレモニーが行われるなど、その言葉の上を行く実績を残しています。しかし、まだまだやれることがあるはずです。

15-16シーズン以降、シャルケで公式戦に出場したのは1試合のみ。めでたし、めでたし、で終われる訳がない。2017年、鹿島は全てのタイトルを逃しました。サポーターは幸せな生活を送れていません。ハッピーエンドな訳がない。

2018年、カシマサッカースタジアムにはオズワルド・オリヴェイラの言葉を知らないサポーターも、内田篤人が鹿島でプレーしている姿を観たことがないサポーターも、内田篤人が復帰することでサポーターになる人もいるでしょう。その全員が、内田篤人を愛している。

いつ、なにがきっかけでサポーターになったかなんて関係ない。内田篤人の呼び方なんて何でもいい。篤人でも、うっちーでも。スタジアムに駆け付け、鹿島を応援しよう。シャルケに負けない雰囲気を作り出そう。それが、鹿島に帰ってきてくれた篤人への、鹿島サポーターにしか出来ない恩返しになる。Jリーグで優勝し続けたい。アジアの頂点にも君臨したい。全員で新しいハッピーエンドを作り出そう。