Momosaka

退団

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栃木グリーンスタジアム、有馬幸太郎が後方からのパスに抜け出した。どうみてもオフサイドだが、旗は上がらない。ボールを持った有馬幸太郎は細かいボールタッチで相手を剥がしながら、ゴール前に侵入する。この時点で、内田篤人は早くも両手を挙げる。有馬幸太郎が左足を振り抜いた。ニアサイドを狙ったシュートは相手GKに阻まれると思いきや、イレギュラーなバウンドを起こしたボールがゴールに吸い込まれ、内田篤人が再び両手を突き上げる。

この3日前、鹿島アントラーズがリーグ戦で横浜F・マリノスと対戦した日、試合前にクラブハウスへサブメンバーの練習を見学しに行った。練習が終わり、ほとんどの選手がロッカーに引き上げる中、有馬幸太郎は黒崎久志コーチとマンツーマンでシュートを撃ち込んでいる。そして、その様子を内田篤人と中村充孝がじっと見つめ、時にはアドバイスを、時には野次を送り続けていた。

徐々にシュート制度が落ち始め、中々入らない状態が続いた中で、綺麗なシュートがネットに突き刺さった。観客席に座っていた私はシュート練習が実際の試合であるかのように手を叩きそうになる。ユース出身、さらに鈴木優磨や大迫勇也のルーキー時代と同じように34番を背負っているんだ。鹿島のエースになってくれないと困る、と強く思ったが、その日の夜、鹿島アントラーズに新たなストライカーが誕生し、私は上田綺世の虜になる。

グリーンスタジアムで有馬幸太郎がゴールを決めた瞬間、私はクラブハウスでの居残り練習を思い出す。すぐさま、有馬こそ鹿島の未来だ、と強く思う。ピッチ上では、誰よりも早く喜びを表現した内田篤人がゴールを決めた有馬幸太郎に向かって、ベンチに行け、といったジェスチャーを送り、有馬幸太郎がベンチにいる黒崎久志に向かって走り出す。

2020年はこの、オフサイドもなくイレギュラーを生む芝も味方してくれるグリーンスタジアムが有馬幸太郎のホームスタジアムになる。黒崎久志が生まれた栃木県で黒崎比差支を越える存在になるまで成長して帰ってきてほしい。

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スピードがあり、シュートが強烈。サポーターからの期待値は常に高かったが、そのポテンシャルを引き出すことが出来ないまま、水戸ホーリーホックへのレンタル移籍が決まった。

2019年は勝負の年だった、はずだ。2019年の公式戦初陣となったアジアチャンピオンズリーグのプレーオフでは途中出場でピッチに立つと、圧倒的なスピードでマークを置き去りにし、アシストを記録。中継カメラではセルジーニョがアップで抜かれている後ろで、山口一真はガッツポーズをしながら飛び上がった。

しかし、その後も継続的にチャンスが与えられてきたが、大きな結果を出すことが出来ないまま、鹿島アントラーズ加入後2度目のシーズンが終わった。

クラブハウスや試合前のシュート練習で放つドライブ回転がかかったシュートは多くのサポーターのロマンであり、試合でネットに突き刺さる日を待ち焦がれていたが、その光景をみることが出来ないまま、2020年は水戸ホーリーホックへのレンタル移籍が決まった。

これまで鹿島アントラーズからJ2リーグにレンタル移籍し、鹿島に帰ってきた選手は少ない。平戸太貴のような活躍か、ブエノのような圧倒的なポテンシャルが必要になる。しかし、山口一真には圧倒的なポテンシャルがあり、J2リーグで大活躍できると信じている。山口はシュートとスピード以外ないからいらねーな、なんて判断するにはまだ早すぎる。

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冬、クラブハウスで練習を見学していると、ネックウォーマーとニット帽を深くかぶり、顔が確認できない選手がいる。その選手が1年間、もしくはずっと、いなくなる。

2017年、大岩剛が監督に就任してからのレアンドロは間違いなく当たりブラジル人だった。しかし、リーグ優勝を逃すと、翌年はシーズンの大半をリハビリに費やす大怪我を負い、戦線復帰を果たした3年目もシーズンも終盤はベンチにも入れないまま終わりを迎えた。そして、2020年はFC東京でプレーする。期限付き移籍ではあるが、鹿島がパルメイラスから完全移籍で獲得した際の契約が3年だったことから、鹿島とレアンドロのストーリーはここで終わりかもしれない。

それでも、もしレアンドロが恋しくなれば、Instagramを覗けばいい。いつアプリを起動しても、レアンドロはストーリーを更新しているはずだ。FC東京が勝っていても、負けていてもどうでもいい。もうストレスがたまることなくギターの演奏を聞くことができる。

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鹿島加入後、3年間での最大のハイライトはマルヤス岡崎戦での安部裕葵へのアシストか。完全ターンオーバーで挑んだセレッソ大阪戦の決勝弾か。同じくターンオーバーで挑んだ柏レイソル戦でのゴールライン上でのブロックか。

同期の安部裕葵がバルセロナへ旅立った半年後、小田逸稀はレンタル移籍で町田ゼルビアに加入することが決まった。対人の強さ、縦への推進力、中田浩二を彷彿とさせる謎の得点感覚。この選手もまた、大化けするポテンシャルを持っている。また、町田には小田逸稀の滞空時間というストロングポイントを活かしてくれるであろう平戸太貴も在籍している。

小田逸稀が東福岡高校の一員として全国高校サッカー選手権に出場した際、試合後の対戦校のロッカールームでは「小田クンやばい」という声が挙がっていたという。「大迫半端ない」と比べてしまえばインパクトは弱いが、サイドバックながら「やばい」と言われるのはストライカーの「半端ない」と同じ価値があるのではないかと思っている。まずは町田での半端ない活躍をストーカーしながら待っている。

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2016年、特別指定選手として鹿島アントラーズに加入。大学との兼ね合いで7月に承認解除となったが、同年のリーグを制した際にはTwitterで「いや〜鹿島優勝最高ー‼︎この優勝チームのユニホームを着て1試合でも試合に出れたこと誇りに思います。おめでとう鹿島アントラーズ」と発言し、CWCでの戦いには「鹿島強すぎねーか。笑」と呟いた。

2019年、期限付き移籍で鹿島アントラーズに加入。加入当初はメンバー外が続いたが、初めてのスタメン出場となったサンフレッチェ広島戦では概ねゴールのアシストを記録してインパクトを残すと、続くジュビロ磐田戦では狙い通りであろうスーパーゴールを叩き込み、鹿島サポーターの心を掴んだ。その後、レギュラーポジションを獲得したが、徐々にパフォーマンスが落ち、シーズン終盤の大切な試合に出場することはなかった。

そして、鹿島アントラーズとの契約満了が発表され、セレッソ大阪へ加入することが決まった。来季からは敵になるが、ジュビロ磐田戦のような、まぐれのスーパーゴールを決められる訳にはいかない。ホームでもアウェイでもセレッソ大阪を下し、「鹿島強すぎねーか」と呟かせたい。それでも今は、特別指定選手として、期限付き移籍の選手としてだが、少しでも一緒に戦えたことをうれしく思う。ありがとう小池裕太。

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上田綺世がヒーローとなった横浜F・マリノス戦は相馬勇紀の鹿島デビュー戦でもあった。1-1で迎えた81分、名古新太郎に代わって出場。即、仕掛ける。その後も仕掛け続ける。結果的に上田綺世のゴールが生まれることになったスローインでのリスタートも相馬勇紀のドリブルから得たものだった。

そして翌節、大分トリニータとの退屈な一戦では強烈なシュートを叩き込んで1-0での勝利に貢献。大きすぎる戦力が加わった、と思っていた。しかし、その直後から負傷により離脱を余儀なくされると、31節までピッチに立つことが出来ない。結果、クラブは無冠に終わり、相馬勇紀は名古屋グランパスに帰ることになった。

相馬勇紀のJリーグデビュー戦は2018年の鹿島アントラーズ戦。アシストを記録するなど最強クラブ相手に結果を残した。とても悔しく、またとんでもないルーキーが出てきたな、と思っていたが、それから1年もしないうちに鹿島に加入してくれるとは思っていなかった。結果的にわずか期間の在籍となったが、相馬勇紀が試合に出場していた時間は自然とワクワクしていた。またいつか、一緒に戦えることを願っている。うちの強化部長は一流のストーカーである。

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小笠原満男からパスを受け、前を向く。相手が寄せてくるがスルスルと抜き去り、ペナルティエリアに突入する。スタンドからは「早く撃て」と罵声が飛ぶが、中村充孝が撃つわけがない。相手選手に囲まれながら、鋭い切り返しでマークを剥がし、完璧な状態でシュートを放つ。しかし、シュートはゴールキーパーに阻まれる。こぼれ球を赤﨑秀平が詰めるが、ゴールキーパーに阻まれる。金崎夢生がポストに激突しながらも頭で押し込んだ。

2013年に鹿島アントラーズに加入してからサポーターはずっと中村充孝を待ち続けていたが、13番を再び特別な番号にすることが出来ないまま、鹿島アントラーズを去るが決まった。ずっと低調なパフォーマンスだったわけじゃない。2015年の柏レイソル戦で金崎夢生の同点ゴールを生み出したシーンのように、毎年、これが俺たちの待ち続けていた中村充孝だ、という特別なパフォーマンスをする試合があるが、シーズン通して鹿島の13番に相応しい活躍が出来なかった。2020年の舞台はJ2リーグに決まった。ピッチの上で魔法をかける中村充孝の姿を観ることを楽しみにしている。そして、再び鹿島アントラーズに引き抜かれて覚醒する瞬間を待ち続ける。

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多くの鹿島サポーターが金崎夢生のサガン鳥栖への移籍に怒り、もしくは悲しみの声を挙げているなか、そのサガン鳥栖から鹿島アントラーズに加入した選手が「アントラーズは、Jリーグで一番の名門クラブだと思いますし、最高のチームに来られたことに感謝しています。チームの名を汚さないよう、優勝するため最善を尽くしたいと思いますので、応援よろしくお願いします」とコメントした。

およそ3か月後、チョン・スンヒョンはアジアチャンピオンズリーグ決勝の舞台に立ち、試合開始早々、ペルセポリスの決定機を顔面で防いだ。このブロックがなければ、1stレグの開始早々にアウェイゴールを許していれば、2018年に鹿島アントラーズがアジアのチャンピオンになったという歴史は存在しなかったかもしれない。チームの名をより一層と輝かせてくれた。ありがとう。今後は韓国でパクチュホと最終ラインを結成することになるだろう。日本から応援している。

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2008年、ユースからトップチームに昇格し、鹿島アントラーズでの試合出場数は「1」。鹿島アントラーズでタイトル獲得数は「8」。東京ヴェルディや横浜F・マリノス、ジュビロ磐田、浦和レッズよりも多くもタイトルを獲得してきた。

他クラブのサポーターは試合に出ていない選手のタイトル数なんて価値がない、と笑うだろう。だから川俣慎一郎の偉大さを知っているのは鹿島サポーターだけでいい。2020年からは新たな舞台で新たな戦いが始まるが、なにも心配する必要がない。11年間、小澤英明、曽ヶ端準、佐藤昭大、クォンスンテの背中を見てきたんだ。最強に決まってる。これまで鹿島に多くのタイトルをもたらしてくれてありがとう。