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線路は続くよどこまでも

Past

急に、移籍が決まった訳ではない。噂は元々あったし、覚悟も出来ていた。それでも、お別れは悲しい。1996年にプロのキャリアをスタートさせたスーパールーキーは1年目から結果を残すと、翌年にJリーグ新人王を受賞。決して得点数が多い訳ではないが、鹿島アントラーズに欠かせない選手としてJリーグ史上初の三冠制覇などに大きく貢献した。当然、日本代表にも選出され、昨年の日韓ワールドカップにはグループステージ3試合にスタメン出場している。イタリアに行くことが決まった現在まで、多くのクラブでエースナンバーとされる9番や11番を背負うことはなかった。しかし、鹿島アントラーズで特別な番号を創り上げた。13番のラストマッチが始まる。キックオフを告げる笛が鳴った。その8分後、ハーフウェイライン付近からエウレルがスルーパスを狙うと、

【vs磐田レビュー】Aの肖像

ボールが、フェルナンドに繋がり、先制点が決まる。その後も、11分に相手GKの退場を誘発したフェルナンドは自らフリーキックを決めると、大岩剛が古巣相手にゴールを決める。そして、前半終了間際、待望の瞬間が訪れる。左サイドからのクロスが頭でゴール前に折り返されると、オーバーヘッドを狙った大岩剛が空振りしたが、その後ろにポジションを取っていた柳沢敦が豪快なボレーシュートを叩き込む。イタリア移籍直前のJリーグラストマッチでライバル相手にゴールを決め、カシマサッカースタジアムに駆け付けたサポーターは歓喜に包まれる。今後は世界最高峰のリーグに

Future

来たので、多くの困難が待ち受けているかもしれない。チャンピオンズリーグの決勝戦で決定機を外し、多くのサポーターに叩かれるかもしれない。その結果、鹿島に帰ってくるが、タイトルを獲ることも出来ず、再び別れることになるかもしれない。その結果、13番が特別な意味を持たないものになるかもしれない。その結果、ユニフォームを脱ぐ日が来ても引退試合が開催されないかもしれない。それでも、柳沢敦が鹿島にいたから鹿島を好きになった人がたくさんいる。柳沢敦が鹿島にいてくれたから、

The present

鹿島は多くのタイトルを獲得してきた。決定機を外した柳沢敦を叩いたのはクラブを愛するサポーターではなく、ただ日本代表を応援しているだけの国民。あの失敗を力に変えた柳沢敦は翌年、クラブのキャプテンとして鹿島アントラーズを悲願の10冠制覇に導いた。そのシーズンを最後にクラブを去ったが、ダニーロの覚醒という置き土産を受けた鹿島は黄金時代に突入。Jリーグ史上初の三連覇を果たした。13番を引き継いだ男は消えたが、京都の地で柳沢敦と共にプレーした男が再び13番の特別なものにするため、長い長い準備を続けている。中田浩二、新井場徹と合同で引退試合も開催されたが、再びお別れがやってきた。今まで一番理解できないお別れであるから、悲しいし、悔しいし、怒っている。それでも、今までと同じように、柳沢敦が選手として、コーチとして、このクラブに残していったものを信じている。大岩剛が空振りしても、その後ろには柳沢敦がいる。