Kashima Soccer Room

Momosaka

ロングステイ

37歳 ハーフタイム

「うおおお」と言葉にならない言葉を叫んだ。実家の懐かしいダイニングテーブルには鳥の唐揚げが山積みになっており、「うおおお」と叫んだのは、その一つを口に運んだホノカだ。「おいしいです!」お袋は、息子の嫁の独特なリアクションに少し困りながらも、「そう、良かったわ」と安心している。親父は「唐揚げなんて誰が作っても旨いんだよ」と言ってお袋から冷たい目で見られていたが、僕の横に座っていたリイコが唐揚げを食べ、「うおおお」とお母さんの真似をし、早川家にいる全員が笑った。

実家での生活に慣れてきてしまった。新型ウイルスによる自粛生活が始まり、僕は妻と子供を連れて実家に帰ってきた。もともと近くに住んでいたのだが、腰を悪くした親父とお袋だけでは何かと不自由だろうという理由であったが、実家に帰ってみると、やはり落ち着く場所であり、ホノカもリイコもここでの生活を楽しんでいてくれた。毎週、金曜日の夕食後には全員でポッキーを食べながらUNOをやるという新しい習慣も出来ていた。今日がその金曜日であるから、唐揚げを食べ終わったらUNOで遊ぶ予定だ。

「リイコ、親父が手札みてるから気を付けて」先ほどから、雑にカードを持つリイコの手札を親父がチラチラと覗いている。負けず嫌いの権化ともいえる親父は子供相手にも全力で勝とうとしてくる。「それが相手への礼儀だ」と言い訳をしているが、お袋に「でも反則じゃない」と言い返されてしまう。「でもな、社会に出たらルール通りやってくれるやつなんていないからな」「UNOを?」「人生をだ。だから、子供のうちからルールを良く理解し、その隙間を縫って相手を出し抜くことを覚えておいた方がいいんだ」「なるほどー」ホノカが相槌を打つ。どちらかというと、面倒くさい人間を相手にしているというより、真剣に話を聞いて納得している様子だ。それに気を良くした親父がしゃべり続けていると、リイコが机の下からこっそり僕にポッキーを渡してくる。親父の話を聞き、勝つために僕をポッキーで買収することを思いついたのだろう。ふと親父をみると、親父も買収現場に気が付いていた。僕は親父の言いたいことが分かり、「それはダメだよ。うちのやり方じゃない」とリイコに注意する。

場に出ていた青の「3」のカードの上に、青の「スキップ」カードを乗せると、「あーまた飛ばされた」と隣の席に座っているホノカが嘆いた。「さっきからスキップとリバースばっかり」と僕に向かって不満気な顔を向けてくる。「まあまあ」となだめている間に、早くも僕の番が回ってきた。残念ながら、スキップとリバースはもう手札になく、場に出せるカードも一枚も無かったのでテーブルの中央の置いてある山札から1枚カードを引き、「あ」と言いながら手札に加わったばかりの「ドロー4」を場に出す。ホノカは「こんなんだったらスキップのほうが良かった」と嘆いたが、親父が「そんなことはない。最後に勝ってればいいんだ。この4枚が勝ちに繋がるかも」と言うと、感銘を受けたような表情で「なるほど」と自分の手札を見つめていた。しかし、この勝負はUNO宣言をしていた僕が赤の「2」のカードを場に出し、僕の勝利で終わった。一時は大量にあったホノカの手札も残り3枚になっており、「あーあと少しだったのに」と悔しがっている。それを観たリイコが「ママ、よく頑張ったね」と健闘を讃えたが、「負けた人にそんなこと言っちゃダメなんだよ。さ、もう一回やろう」とカードをシャッフルした。 

「いよいよ、明日だな」。白熱のUNO大会もお開きとなり、ホノカはリイコと一緒に寝室へ、お袋が入浴に行ったタイミングで親父が話しかけてきた。「いよいよ、明日」というのはもちろん、鹿島アントラーズの試合のことだ。コロナウイルスの影響により、Jリーグは長期の中断を余儀なくされている。しかし、いよいよ明日、再開の第一歩を踏み出す。

「観に行きたかったなあ」いつの間にかプレミアムモルツを飲んでいる親父が言う。Jリーグは再開するが、しばらくは無観客での開催が予定されているため、スタジアムでの観戦は出来ない。Daznで観ることが出来るだけでも幸せなのだが、「等々力なんかでも恋しくなるもんだ」という呟きが耳に届き、その聞き覚えがある言葉に思わず、「良い方法があるよ」と言っていた。

「頭の中でスタジアムに行くんだ」「どういうことだ?」お酒も回り、少し呂律が回らなくった親父が聞き返してくる。僕は宮本さんの顔を思い出しながら、「実際にスタジアムに行くことは出来ないけど、スタジアムに行くことを想像することは出来る」と話し始める。「それは、そうだな」「そして想像なら何でも出来る。マスクも必要ない貸し切りの電車で等々力に向かって、鹿島サポーターだらけの待機列で開場時間を待つ。これが結構、気が紛れるんだ」「実際に経験したかのように」「実際に経験したんだ。ジーコとだってボールも蹴った」「神様とか?」「そう」「それはいいな」「それで、キックオフの時間になったら、一緒に応援しよう」「久しぶりだな。一個くらい良いこともあるもんだ」親父が嬉しそうに笑う。Jリーグが再開する。