Momosaka

【vs横浜FMレビュー】架空観戦日記「壁」

名前:星野 樹生
年齢:25歳
性別:男性
職業:会社員
自宅:東京(実家)

日産にもトヨタにもマツダにも乗りたくないし、三菱とは並走もしたくないから免許いらないや、なんて言ってこれまでの人生で自動車免許を取得してこなかった自分を殴ってやりたい。学生時代、「鹿島が好きなら車が必要なんじゃないの?」と言っていた同級生の言葉を思い出す。当時の僕は「東京から常にバスが出てるし、市営バスもあるし、レンタサイクルもあるから大丈夫。気持ちいいよ、サイクリング」と答えたはずだ。ふざけるな。その東京から常に出ているバスに乗れない事態が訪れる可能性をなぜ考えていなかったのか。もし、あの時、今では名前も思い出せない同級生の言うことを聞いて教習所に通っていれば、今日の試合も鹿嶋まで観に行けていたはずだ。バスもダメ、電車もダメ。人生でこれほどまでに、どこでもドアが欲しいと願ったことはない。

キックオフまで残り3時間。今から家を出ても、試合が始まるまでにスタジアムに辿り着くことが出来ない時刻だ。数年ぶりに鹿島のホームゲームに行かないことが決定した。よく我慢した、と自分を褒めてやりたい。しかし、もう大丈夫だ、という感情と同時に、スタジアムに行けない事実への落胆も復元されてしまう。気持ちを立て直すためにキックオフまで過去の試合でも見ようかと思ったが、今季の試合では余計に落ち込むだけだろう。ならば、せめて気分だけでもカシマに行きたいと思い、Youtubeで「かしま号」と検索した。すると、東京駅からカシマサッカースタジアムまでの風景を撮影した2時間越えの動画がヒットする。まさに求めていたものであり、しかも、4K画質だ。僕は早速、自粛期間中に購入したプロジェクターで、自分の部屋の壁にかしま号の車内風景を投影する。

窓の外に利根川が現れたところで時計をみると、キックオフまで2時間を切っていたのでスターティングメンバーを確認する。前日までの報道で左サイドでの起用が予想されていたエヴェラウドや好調を維持している遠藤康がスタートから出場し、上田綺世もシーズン初めてのスタメン出場だ。出来心で返信欄を開いてしまい、アラーノへの罵詈雑言を投稿していた謎のアイコンのアカウントをブロックする。確かにここまでのアラーノは批判されるべき低調なパフォーマンスが続いているが、試合前に言うことではないだろう。

かしま号がカシマサッカースタジアムに到着し、壁に映し出されていた動画が終了する。キックオフまであと1時間。Twitterを開くと、カシマサッカースタジアムのグルメ画像がたくさん出てきたので、慌ててアプリを閉じる。羨ましくて仕方ない。今度はDaznの配信画面をプロジェクターで壁一面に投影する。まだ配信開始まで45分ほどあり、僕の部屋の壁には鹿島と横浜FMのロゴだけが映し出されいる。スタジアムではウォーミングアップが開始されるころだろうか。先にピッチに出てきたスタッフがゴール前にボールを並べている姿を想像するだけでワクワクする。

キックオフ。ここからは個人的。カシマにかっこいいチャントを鳴り響かせることが出来ない状況だが、開始直後に歓喜の瞬間が訪れる。エヴェラウドのクロスを収めた上田綺世が右足を振り抜き、先制。スタジアムから家が近いサポーターも、徹底した対策と勇気を持ってスタジアムに駆け付けたサポーターも、僕を含めて自宅で応援しているサポーターも、心の中で大きく叫ぶ。サッカー未経験者なので詳しいことは分からないが、僕にとってはスーパーゴールだ。しかし、失点。同点に追いつかれる。リプレイをみれば誤審だが、審判も試合勘不足なので仕方ないだろう。感動したのはその直後だ。壁に映し出されている画面から拍手の音が聞こえてくる。最初は横浜のサポーターが潜んでいたのかと疑ったが、その拍手はゴールへの祝福ではなく、失点を喫したクラブの選手たちを鼓舞するものだった。ブーイングしたり、椅子を叩いたり、指笛を鳴らしたりしたいサポーターもいたかも知れないが、カシマに集まった鹿島のサポーターが民度の高さをみせつける。

後半、カシマに立ち込めていた霧がさらに濃くなり、鹿島の勢いが増す。上田綺世がシュートを放つ。エヴェラウドがシュートを放つ。あと少し。しかし、ゴールが入らない。今季はチャンスを逃し続け、開幕4連敗を喫してる。嫌な展開だ。それでもカシマに駆け付けたサポーターが拍手で選手を鼓舞し続けている。気が付いたら自宅でも拍手していた。届け、届け、と手を叩く。さっきまでかしま号に乗っていたんだから、ここがカシマでもいいはずだ。頼むジーコ、頼むタケミカヅチ。今すぐカシマに届けてくれ、と祈る。少しでも拍手の音がカシマに届くようにドアを開けると、部屋の中に霧が流れ込み、視界の端で上田綺世が動き出した。