Momosaka

[vsFC東京レビュー]End Of Ishing

E
日本で琵琶湖の次に面積が大きい湖である霞ヶ浦。その一部である北浦の水面には先ほどから雨粒がポツポツと落ちているが、オレ以外にもチラホラと釣り人の姿があった。釣りの達人にとって雨の日ならではメリットが存在するのかもしれないが、もしあったとしても自分がそのメリットを活かせていないことは間違いない。先ほどから周りの釣り人たちが次々と魚を釣り上げている中、オレはひたすら釣り竿を垂らしているだけだ。

「釣れる気配すらないです」買ったばかりだというスマートフォンを触っているおやっさんに向けて言う。釣りが好きなわけでもなく、家にいてもやることがないということで何故か付いてきた、仕事場の上司だ。「まあ、まだ初心者だろ」「先週は初めてからすぐ釣れたんですけどね。そのあとも3匹も」「釣れない日もあんだろ。今日は雨も降ってるし」「雨の日ならではのメリットもあるんですよ」「なんだよ、それ」「知らないですけど」「これまで一日中釣れなかったことはねえのか?」「今日が7回目の釣りですけど、前回の4匹が初めて釣った魚です」「なんだよ。じゃあ今日は平常運転じゃねえか」「でも、前回4匹も釣れたんだから、これからはバンバン釣れるって期待するじゃないですか」「まあな。でも調子が良かっただけとか、その日の魚が弱かっただけの可能性もあんだろ。これまでゼロだったんだろ」「そうですけど。あ、でも4回目くらいの時かな。一回だけ魚の方から来てくれたことがありました」「魚の方から来てくれた?」「釣り竿を投げたら、びっくりしたのか魚が陸まで飛び上がってきてくれました」「それは実力というよりラッキーなだけだな」

話をしている間もおやっさんはスマートフォンを操作している。「なにしてるんですか?」と聞くと、嬉しそうに眉を上げ、「知ってるか。スマホは検索したらなんでも教えてくれるんだぞ」と当然のことをあたかも自分が発見したかのように自慢してくる。「Wikipediaって知ってるか?」「たぶん知らない人のほうが珍しいですよ」「そのサイトによるとな、北浦っていうのは海の漁業制度が取られているんだよ」「はあ」「だから釣り券を購入しなくても釣りを楽しむことが出来ます、らしいぞ」「へえ」「どうだ、知らなかっただろ」「確かに知らなかったですけど、そんな有益な情報ではないですよ。違うとこで釣り券が売ってたら買いますし」「知っておくことが大事なんだよ」

N
「あ、きた」釣り竿を持っていた右手に振動が伝わり、その振動のリズムに合わせて、釣り竿を引く。豪快に引きすぎたかも、と不安になるが、一匹の魚が水上に姿を現し、網にいれたところで安心する。「これまで防戦一方だったんですけどね」「防戦ってなんだよ」「やつら、餌だけ食べようとするんですよ」これまでの経験上、釣れたと思った瞬間に餌だけ食べられ、魚には逃げられていることが何回もあった。「でも今日はまだ餌も食べられてないし、30分くらいで一匹釣れたので調子いいです」「油断するなよ。浮かれてるときが危ないからな」

油断していた訳ではない。ただ、どれだけ注意していても失敗はある。最初の魚を釣った10分後、餌だけ食べられて逃げられてしまった。そして落ち込む暇もなく、すぐさま次の餌も食べられてしまう。隣でおやっさんが「危ないとは言ったが、そんな連続で取られることあるのか」と笑ってくる。「勉強してるんですけどね」「餌を取られない?」「ネットで調べたりして」「ネットはなんでも教えてくれるからな」「その情報でオレは失敗してますけどね」「調べる時間が足りないんだよ」「いや、調べれば調べるほど逃げられてしまうんですよ」「そんなことあるのか」「あったんですよ」

悪い流れを断ち切るため、15分ほど休憩を取ることにした。先ほどからゲームで遊んでたおやっさんは「大変だ、電池が残り少ない」と騒ぎ出し、「ゲームは辞めたけど、あと1時間で電源が切れるらしいから、そしたら俺は帰るからな」と宣言する。別に頼んで来てもらったわけではないが、「じゃあオレもそのタイミングで終わりにします」とおやっさんに伝える。「もう一匹くらい釣るとこみてえな」「そうですね。でも2回も餌だけ食べられたので、あと二匹以上釣って逆転したいですね」「対戦じゃねえんだから」「対戦なんですよ」「そうか。じゃあ、休憩してないで早く再開したほうがいいんじゃねえのか」「休憩はしなきゃいけないんですよ。あと45分で逆転を狙います」「そうか。まあ頑張れよ」そう言って、再びスマートフォンを触りだす。

D
「そういえば先週、ふくらはぎやっちゃってよ」休憩を終え、しばらく経ったころ、おやっさんが唐突に言った。「ふくらはぎやる?そういうとき、普通は腰とかじゃないですか?ぎっくり腰とか」「普通ってなんだよ。俺は腰だったんだよ。ぎっくりふくらはぎ、だ」「まあ、いいですけど。病院とか行ったんですか?」「いや、とりあえずWikipediaでふくらはぎについて調べたんだよ」「wikiってふくらはぎのページまであるんすか」「そうだ、なんでも教えてくれるからな」「それで、何がわかりましたか?」「すげえ大事なことだよ」ええと、なんだっけな、と言いながらスマートフォンを操作する。

「おお、あった。そうだそうだ、腓腹筋だ」「え?」「ひふくきん」「なんですか、それ」「ふくらはぎの正式名称だろ」「ふくらはぎに正式名称ってあったんですね」「まあな。それで腓腹筋は第二の心臓って呼ばれてんだよ。凄えだろ」まるで友人の偉業を自慢するかのように、おやっさんはふくらはぎのページに書かれている情報を大きな声で読み上げる。「人体のもっとも下に位置している足の血液を、重力に逆らって押し上げているのがふくらはぎの筋ポンプ作用と静脈中の静脈弁である」「つまり?」「重力に逆らって押し上げてくれてんだろ」「はあ」おやっさんも詳しい意味は分かっていないだろう。「一方、筋肉が、なんだこれ、読めねえな。筋肉がなんちゃらした時は弁は閉じ、血液が流れ落ちるのを防ぐ」「つまり?」「身体がピンチの時は頑張って、なんとかしてくれようとしてるんじゃねえか」「はあ。それで、その情報を知ってどうしたんですか」「医者に行くに決まってるじゃねえか」「ネットで調べた意味ないじゃないですか」「ふくらはぎは偉大ってことが知れたんだよ」「はあ」

その会話の間も魚が釣れる気配はなかった。一度、釣り竿を手元に引き上げると、餌は取られていなかったので少し安堵する。時計に目をやると、時間はそれほど残されていない。逆転を狙うなら、早く一匹は釣っておかないと。先ほどの会話を思い出し、頼むぞ腓腹筋、と自分のふくらはぎに目を向ける。前回、4匹釣ってやっと光が差し込んだんだ。また負けてしまったら釣りという趣味が嫌になってしまうかもしれない。これからも楽しく釣りを続けるたには、今日も負けるわけにはいかない。釣り竿を投げ入れる。それと同時に一匹の魚が引っ掛かった。それを逃さず、釣り竿を引き上げ、網に突き刺さる。「釣り竿投げ入れた瞬間だったな」「これはただのラッキーですかね」「やり続けた成果だろ」もう一匹釣らなきゃいけないことを思い出し、急いで新しい餌を用意する。